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太上天皇

太上天皇(だいじょうてんのう、だじょうてんのう)とは、皇位を後継者に譲った天皇に送られる尊号。または、その尊号を受けた、その人。上皇(じょうこう)と略することが多い。由来は、中国の皇帝が位を退くと「太上皇」と尊称されたことにあるとされる。また、出家した上皇を、太上法皇(法皇・ほうおう)と称する。ただし、両者に法的な身分差は無く、律令法においては太上法皇も太上天皇に含まれることになる。

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太上天皇は「院」と称されることも多い。「三宮」(后位)と総称して「院宮」といい、更に、有力貴族・寺社を含めた総称を院宮王臣家といった。院の御所が仙洞御所(せんとうごしょ)と呼ばれたことから、「仙洞」も上皇の謂として用いられる。

持統天皇が文武天皇に譲位をしたのが最初であり(皇極天皇が弟・孝徳天皇に譲位した例はあるが、このときには「太上天皇」号は存在しておらず、また、その後斉明天皇として重祚している)、江戸時代後期光格天皇が仁孝天皇に譲位するまで、計62人の上皇が存在した。

ただし、その中には、天皇在位のままで死去するのは不吉であるとして、崩御直前に譲位の手続きが行われて太上天皇の尊号が贈られ、そのまま崩御した例も見られる。醍醐上皇の8日間、一条上皇の10日間、後朱雀上皇の3日間などはその典型と言える。

殆どの天皇には、譲位後すみやかに太上天皇号が奉られるが、退位によって自動的に奉られるものではないので、淡路廃帝(淳仁天皇)のようにクーデター的に廃位されたり、安徳天皇や九条廃帝(仲恭天皇)のように退位・即位の事実が曖昧にされたりして、尊号が奉られなかった例もある。足利義満の死に際し、朝廷が太上天皇の尊号を贈ろうとしたという事例もあったが、最終的には子の足利義持が辞退した。1817年に光格天皇が仁孝天皇に譲位して太上天皇になったのを最後に、太上天皇は存在していない。明治以降の皇室典範では譲位を認めていないため、現在に至るまで太上天皇の制度は存在しない。

院政 / 治天の君
大宝律令において、天皇と並んで規定があり、天皇と同じように院宣を以て、その意向を政治的に汲み入れることが可能であった。院庁を開設し、院蔵人などの機関を設けることもできた。

平安時代の末になると、天皇との母子関係を基礎とした外戚による摂関政治から、父子関係に基礎を置いた上皇による院政が行われるようになった。史上有名な上皇の多くは、この時期に属する。これら政権を握った上皇は、また治天の君(ちてんのきみ)と称された内に含まれる(「政権を握った上皇=治天の君」ではない

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2009年04月26日 11:21に投稿されたエントリーのページです。

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